よしなしごと

月刊ウォータービジョン 2001年2月号
                 2001年3月号
                 2001年4月号
                 2001年5月号
琉球旅行記

月刊ウォータービジョン  2001年2月号「人類の進歩と調和〜あの時二十一世紀が見えた〜」
 昭和四十五年(一九七〇)三月から約半年にわたって、日本の商都、大阪で万国博覧会が開かれた。世界が大阪にやってきたのである。
 万国博覧会とは何か。世界各国が一か所に集まって産業や歴史、文化などを実物や映像、写真などを使って展示する催しで、観客は会場に有料で入場して、各国が工夫を凝らせて出品したものを観覧する。展示は国によっていろいろだ。ダイヤモンドを出品する国もあれば、熱帯魚や植物を持ってくる国もある。大阪万博では、アメリカの宇宙船アポロ十一号のアームストロング、コリンズ、オルドリンの三宇宙飛行士が持ち帰った「月の石」が公開され人気を博した。
 各回の博覧会には「テーマ」が決められているので、それに沿った芸術作品や映像、音楽などを観客に見せる国もある。この本で取り上げる日本万国博覧会のテーマは「人類の進歩と調和」だった。
 展示は「パビリオン」と呼ばれる建物で行なわれる。ラテン語の「パビリオ」(テントの意)が語源だと、うんちくを語るのを許していただけるだろうか。パビリオンには知恵と工夫が凝らされ、各国がアイデアと技術を競い合う。高さではおれのが一番とがんばったのはソ連、エアドーム式のひらべったい建物で対抗したのはアメリカだ。当時は「冷たい戦争」と呼ばれる米ソの冷戦の最中であった。月に行くのも競争していた時代だから、万博でもお互いに負けたくなかった。
 不思議いっぱいのパビリオンが広い会場に立ち並ぶなか、子どもたちは各館のパンフレットを集めたり、スタンプを押しまくったり、初めて見る外国人にサインをねだったりした。うしろからそっと金髪をぬいたヤツもいたらしい。
 会場内には縦横無尽にモノレールや動く歩道がめぐらされ、ご近所ご町内ではお目にかかれないようなパビリオン群の異様なフォルムとともに、ここは未来都市を感じさせていた。なかでも大阪万博と言ええばこれ、という逸品は岡本太郎が設計した「太陽の塔」だ。芸術作品でもあり、昭和四十年代を象徴する現代遺跡としても、今なお見る者にある感情を喚起させつづけている。
 博覧会の会期は三月十四日から九月十三日までの半年間。入場者はのべ六千四百万人を数え、一日最高入場者数は八十万人を超えた。人気の高いパビリオンには大勢の人が集中し、開幕から日数を経るに従って、二時間待ちの行列が三時間、四時間待ちになり、もういつになったら入れるのかもわからないほどになった。列は雨の日も風の日も、夏の暑い日も途切れることはなくなった。
 父や母たちは、まるで宇宙旅行にでも行く覚悟で、全国津々浦々から、楽しまなければ「ならない」と必死に真面目に、大阪へ、千里丘陵へと大移動を開始した。
 日本万国博覧会は、高度成長時代の最後の総仕上げであり、二十一世紀への未来に夢を抱かせてくれた最後の花火であった。

月刊ウォータービジョン  2001年3月号「教科書はヒーロー番組!」
 今年の成人式もやってくれました高松の非成年!壇上の市長にクラッカーを鳴らすなどして、全国的にも注目された。高松市は連中を威力業務妨害の疑いで告訴、そして自首、逮捕という結末。また沖縄でも。いやここ数年この足元でも成人式に式辞を読む中学生に見せたくないという。「しつけ」は家庭で、いや学校で、地域社会だ、などお話は賑やか。
 この二十数年お手本になるヒーローが少ない。大人がしっかりしているかといえば、国会議員をはじめ、身の回りに何人「大丈夫」と云える人がいますか。
 子どもは観てマネをする。日常生活の中でも親や兄弟を見て、そしてマネをする。世の中にダークサイドがまん延すればそれをマネする。
 かつてTVで「ヒーロー番組」が花盛りだった時代がある。勧善懲悪なこの番組を見て、それをマネた。変身ポーズだけでも。ヒーローは必ず最後には勝つが、しかし耐える。努力と根性と悩みをヒーローは持っている。
 いつのころからかヒーローはお笑いの対象になった。茶化され、パロディにされ、誰もカッコいいと思わなくなってしまった。
 小さな目で見たチビッコたちは、何でもかんでもマネをする。良しにつけ悪しきにつけ。「マネ」の部分ではよいマネより悪いマネの方が入りやすい。だから良が多く、それだけではなく感動や共感の持てるもの。

月刊ウォータービジョン  2001年4月号「なんで英語やるの?!」
 この春、中学に進学し初めて習う外国の言葉「英語」にワクワクする学生。この春、英語に泣かされた大学受験生。何はともあれ、英語は六年から十年くらい学び、そして話すことができない、とはよく言われること。英語の得意な中学生に、将来何になりたい?と聞くと、英語を使って世界中の人と話ができるような仕事という答えが返ってくる。よし頑張れよ!と励ますものの、日本語できちんと主張できないのに、文化の違う外国人に何を語るというのだろうと内心思っている。
 「新潟港に立ち寄るロシア人が、裏通りのタバコ屋に行く。そこには高齢のおばあさん。ロシア人に臆することなく日本語で、普段の日本人と同じようにやりとりをした。このおばあさんこそ国際人だ。」というような新聞の投書を以前目にした。小生も同意見だ。別段、外国人だからどうということではなく、誰とでも普段着で同じ目線で自分を主張し、相手の話を聞くことができれば良いのではないだろうか。その上で必要に応じて、自分に必要な分の外国語を覚えればなお良い。外国語とは、何でしょう。ちまたにある外国語スクール、なぜか英語だけというところが少なくない。日本にいる外国人は、イングリッシュ・スピーカーなのでしょうか?日本に定住しているのは、韓国・朝鮮人、中国人、ブラジルやペルーからの日系人の皆さんたち。いずれにせよ、直接英語が母国語ではなさそう。
 さて小生、中学のころ、海外の短波放送を聞き、英語で簡単な受信レポートを書いて、返信のエアメールが毎日のように送られてきた。その一方で、世界にはなんといろいろな言語があるものかとも思った。欧州の言語はもとより、アジア内陸部、アフリカの国々の言葉など数え切れない。
 大学時代は何を間違えたか、フランス語が第二だった。ところがテレビ・ドイツ語講座のアシスタントのお姉さんがかわいかったことがきっかけで、ドイツ語の語学学校にも通い、ついにはミュンヘンの語学スクールにも行ってしまった。当時知り合ったドイツ人と交流はあるので、ドイツ語は今なお必要なツール。
 シンガポールやオランダという貿易や国際交流の盛んな国の人は、バイリンガルやトライリンガルだ。普段から多言語に囲まれているからなのだろう。あいにく日本では、共通化されている日本語で事足りる。外国語は覚えたいという個人の欲求が高まったときに始めれば、効果的に覚えることができるもの。「英語公用語」というお話があったが、それなら中国語や韓国語の表記もすべきであろう。
 そういえば、冒頭日本に多い外国人の中に忘れていた、在日アメリカ軍人がいるんだった。まぁ、それはそれとして、僕は英語が好きでない。高校時代、赤点を取って追試に苦しめられた日々以来。

※いやまてよ、冒頭日本に多い外国人の中に忘れていた、在日米軍がいる。数はかなり多いぞ。そうすると話は振り出しに戻って「英語公用語」は在日米軍の安全保障上の配慮なのかな。となると英語を広めるための文部省の裏には、何か国家的陰謀が含まれているのか?そんなことは勘ぐっても仕方がない。僕は英語が好きでない。高校時代、赤点を取って追試に苦しめられた日々以来。

月刊ウォータービジョン  2001年5月号「知ってればケガは浅い!」
 新緑も濃さをまし、そろそろ初夏という季節になってきました。ゴールデンウィークは終わったものの行楽シーズンはこれからです。山や川や海、はたまた遊園地などに行かれる方々もたくさんいらっしゃることでしょう。のんびり、快適に楽しんでいただきたいと思います。しかし、油断は禁物。いつどこでケガをするかわかりません。先日消防隊の方から応急処置について講習を受けたので、それを踏まえて豆知識をお知らせしたいと思います。これはあくまでも医者や病院でスムーズに手当てを受けるための応急処置で、救助や医療ではありません。
 さて、家の中や外などでケガをした人をなんとかしたい時、まず自分の身を安全にしてください。人を助けようとして、自分も釘を踏んだり、ガラスで切ったりなど傷ついたら、相手を助けることができません。ミイラ取りがミイラにならないようにしましょう。
そして、まわりにほかに人がいるならば、手伝ってもらったり、必要なら救急車などの手配をしてもらいましょう。

 まず、切り傷・すり傷について。傷口は清潔にしましょう。不潔にするとばい菌が入り、直りが悪かったり、敗血症になることもあります。水道水などで傷口をよく洗い流し、外気を触れないようします。そのために、家庭にあるアルミホイルやラップで傷口を含めて大きく覆います。そして上からガムテープを巻きます。それから病院に行くなど、専門の人に診てもらいます。
 次にネンザですが、くじいたり、突き指も同じことで、これは軟骨の骨折ともいえます。内出血をしにくくするためにも冷やすのが肝要です。
 ヤケドもふだんよくあります。これには (T度)赤くなる(U度)水ぶくれ(V度)炭化、という段階があります。いずれにしてもまず冷やします。それも1時間くらいは流水で冷やします。水ぶくれの場合は、自分の細胞が治そうとしているので、絶対故意に破かないでください。直りが悪くなります。
 鼻血ですが、意外と常識とは違います。冷やしても効果はありません(日射病などでなければ)。仰向けに寝るのはよくないです。温かい自分の血液は、胃に入るとかえって気分が悪くなります。ですからのどに回った血は、吐き出しましょう。とにかく鼻の付け根を強くつまんでいれば、大方は直ります。
野山でハチに刺されたり、マムシにかまれた場合です。どちらも安全を確保して安静にします。ショック症状が出る方は、3分以内に変調をきたすので、それから病院などに行きます。マムシの毒では、死亡率が千人に一人いるかどうかということなので、慌てないようにしましょう。
 日射病や熱射病もなりやすい季節です。日射病は脱水症状が強いので、スポーツ飲料を飲みましょう。飲むときに塩をひと舐めしてから飲むと効果的です。スポーツ飲料は点滴と成分がほぼ同じなんだそうです。熱射病のときは安静にして、血の流れの多い首筋や腋の下やなどを重点的に冷やします。

 これら比較的軽いケガや病状についてまとめましたが、くどいようですが応急処置です。またもし屋外で倒れている人を見つけて、自分一人ではどうしようもないときは、大きい声で人の助けを求めてください。効果がある叫びは「火事だ!」(本当の火事でなくても)がよいそうです。
 遊びに夢中になると、注意力が落ちてケガをしやすくなります。ひとつのケガが、大きな病気を招かないように応急処置を知っておきましょう。そして楽しく遊びに出かけましょう。

琉球旅行記(1993年3月)「ニライ・カナイからシュワッチ」
沖縄の言い伝えでは、海の彼方にニライ・カナイという、祖先や神々が住むところがあるそうです。そこの神様は、お祭りの時に人間界にやってきて、人間に害を及ぼす悪霊を退治し、島に幸福と豊かな実りをもたらすそうです。
さて沖縄について、興味を更にかき立てられたのは、数年前NHKで放映のドラマ「私が愛したウルトラセブン」で、初期のウルトラシリーズが沖縄出身の脚本家、金城哲夫氏によるものだということを知ったことでした。その昔子供時分、ウルトラマン・ウルトラセブンをリアルタイムで見ていました。しかし、このシリーズは今もってなお絶大な人気があり、ビデオは出る一方、再放送も年中と、全く色あせるどころか、ファン層は広がっています。それはかつての子供たちが、ただ郷愁を感じてみているだけなのだろうか、自分自身にも問いかけたことがあります。しかし冷静に見ても、後期のシリーズと何か隔たった、特別の「なにか」を、前期のシリーズに感じざるを得ませんでした。その「なにか」こそ、どうやら金城哲夫氏の情念、沖縄の血から来ている、ということがこのドラマを通じてわかり始めました。じゃあ、「なにか」って、なんだ?
昭和41年7月17日、午後7時、一人のヒーローが地球にやってきました。毎週毎週「怪獣」は日本を襲い、科学特捜隊を始め人々は、やみくもに闘い、絶体絶命に陥ったとき、ウルトラマンはやってきて、3分間で退治してくれました。当時日本は、高度経済成長の真っ只中にあり、土地の大開発、資源開発、陸海空の大量輸送そして宇宙へと、「開発」を押し進めていました。そんなとき、それを妨げるが如く、大地の底から、海底から、宇宙から、文明への怒りと憎しみを抱いて「怪獣」が、日本を破壊し始めました。「怪獣」は、大自然の怒りの化身なのでしょう。次第に、その「怪獣」をやっつけるウルトラマンは、破壊主義者のレッテルを貼られるようになりました。ウーの回で、科特隊は雪ん子に、「何でもかんでも怪獣呼ばわりして殺してしまう、恐ろしい人たち」と、言われてしましました。[何のために、誰のために、ヒーローは闘っているのか、人類の敵とは何か]、金城氏たちは、意外な疑問にぶち当たってしまいました。
この頃沖縄は、返還運動が激しさを増していました。ある日、メフィラス星人は、武力ではなく、一人の男の子の心の中に入って、地球を乗っ取ろうとしました。しかし、男の子は地球を渡すと言いません。ハヤタ隊員は「自分の故郷を明け渡す人間はいない」といいました。メフィラス星人は怒って言います、「ウルトラマン、お前は宇宙人なのか、地球人なのか」と。ハヤタは、「両方さ」と答えました。金城氏は、沖縄と日本のかけ橋になろうとしていたのでしょう。しかし、その一方、ウルトラマンは誰なのか、そして、金城氏自身には、内なる疑問が深まっていきます。怪獣とウルトラマン、どちらが善で悪なのか、苦悩する中、ウルトラマンはゼットンに敗れ、ゾフィに助けられて、ハヤタと分離し、光の国へ帰っていきました。
続くウルトラセブンでは、話をすっきりさせるため、地球は宇宙からの侵略者に狙われていると、陰謀を持っている侵略者は悪、と設定しました。しかしその頃、ベトナム戦争が激化し、正義の名のもとに行われる非人道的な戦争のありようから、何のための戦争なのか、被害者だった沖縄がベトナム戦争の基地として加害者となっている、正義は一つなのか、というジレンマが広がっていきました。「蒸発都市」の回では、沖縄の霊媒師を通じて、ウルトラセブンに侵略者の霊魂がのりうつり、都市を破壊し、人類の敵になってしまいました。本来、勧善懲悪のための作品が、ますます暗くなってしまいました。 そしてきわめつけは、「ノンマルト(=non-martial)の使者」の回では、海底に追いやられた地球の先住民ノンマルトが、人類の海底開発に怒り、遂に抵抗運動に出ました。その使者となった少年は、「人類こそ侵略者なんだ。ウルトラ警備隊のバカヤロー。」と吐きつけました。またしても、闘うことの意義、正義を失ってしましました。
最終回、モロボシダンは、アンヌに正体を告白しました、「僕は人間じゃないんだ、M78星雲からやってきたウルトラセブンなんだ。」と。それは金城氏自身の出身の告白でもあるのでしょう。アンヌは「たとえダンがウルトラセブンでも、ダンはダンじゃない。」と。結局、自分は自分なんです。しかし、エネルギーの限界に達したウルトラセブンは、星のかなたに消えました。そして金城氏も沖縄へ帰っていきました。
その後金城氏は、沖縄海洋博のプロデューサーとなり、これを本土とのかけ橋にしようと考えましたが、結局本土主導となり、乱開発され、さらに静かな暮らしも失ってしまい、愛する二つの国のはざまで、深い傷だけが心に残りました。閉会の後、自宅の階段から転落し、この世を去りました。享年37歳。
ウルトラマン・ウルトラセブンは、単なるお子様TVであり、怪獣映画です。しかしそれは、戦後の揺れ動く沖縄を反映し、琉球王朝以来の歴史を背負い、そしてそれが金城哲夫の名を借りて生まれてきたヒーローなのです。そして常に「自分はいったいどこから来て、どこへ行くのか、自分の故郷は?」ということを考えていかなければなりませんでした。ある時は自分自身がヒーローであり、ある時は怪獣であり、ある時は逃げ惑う民衆でもあり、いろいろな立場から。その苦悩が、作品の深みとなり、ブラックユーモアになり、それがきっといつまでも色あせさせないのでしょう。どうだ、まいったか!
今回の視察で、ウルトラマンの真髄を知るべく、沖縄の人の世界観について探ろうと、いろいろな人と話したり、観たり、聴く中で考えましたが、たかだか一週間では沖縄の人の目を持ちえるわけもなく、確たることは判りません。でも、その地理的、歴史的条件からも、国際国家として、小さい島だから、常に強いアイデンティティが求められるのではないでしょうか。しかし実はこれ、すべての人みんなにとって、永遠の問いなんですよね。
ウルトラセブン47話のタイトル「あなたはだあれ?」